山 行 日 2004・8・9〜13 場 所 剣岳・八つ峰下半部登攀(撤退)・本峰往復 参 加 者 三好一賢、木下 荘 行動記録 8/9(晴) 梅田21:40(阪急夜行バス)発〜 8/10(快晴) 富山駅5:00着ー7:00発〜室堂(直通バス、予約制)9:30着、雷鳥沢でテント設営後12:00発〜雷鳥坂途中で昼食、剣御前小屋14:00〜剣沢小屋15:00 8/11(快晴) 剣沢小屋4:50〜長次郎谷出会6:40-朝食-7:00〜1・2峰間ルンゼ登攀開始8:07〜12:00撤退決定〜14:44長次郎雪渓に降り立つ〜長次郎谷出会-昼食-16:00〜剣沢小屋18:12帰着。 8/12(快晴) 剣沢小屋6:19〜剣岳本峰頂上10:00〜剣沢小屋13:40・・・・・この日は木下のみ行動。 8/13(快晴) 剣沢小屋6:22〜下山室堂10:00-木下は室堂から大阪行きの直行便で帰阪。・・・・三好氏は木下が下山した後、引き続き雷鳥沢のテントに滞在後、北方稜線〜仙人池ヒュッテ〜剣沢小屋〜室堂経由で下山する。 (状況) 地球温暖化の影響なのだろうか今年の剣沢雪渓には、多量の土石流が流れ込み雪渓のほぼ中央部分に帯状に大量の土砂が堆積、無残な様相となっていた。下半部取り付き地点の1・2峰間ルンゼも例年なら雪渓下に隠れているであろうスラブが露出していて、これを突破できずルンゼ右岸のブッシュ帯に取り付いたのが失敗の原因。結局時間切れとなり残念ながら撤退することとなった。 8/10) 前夜から富山駅前のホテルに宿泊していた三好氏と富山駅前で午前6時合流。剣沢小屋に15:00到着。受付で宿泊の手続きをしている最中に受付に置いてある携帯の無線から六峰Cフェースからの滑落事故の報告が流れてくる。腕の骨折と腰も痛めている模様。小屋の主人佐伯氏の話では10日ほど前にも67歳の男性が六峰をクライミングダウン中に転落する事故があったそうだ。佐伯氏からは明日の行動予定を聞かれ、雪渓の状態、八つ峰下半部の取り付き部分について親切な説明をしてくれる。また、帰りが遅くなればビバーグしますね、と確認される。一般のお客さんならば別だがバリエーションルートを登る人は帰着しなくてもビバーグしているものと思っておきますよ、と念を押される。小屋はお盆休み前のためか思ったより空いているようだ。部屋は2人の男の子と父親の家族ずれとわれわれ2人。夕食5時。7:14就寝 8/11) 4:00起床。4:50小屋を出発。出発前に小屋のご主人が親切に八つ峰下半部取り付き部分について再度説明してくれる。長次郎谷出会いで朝食をとって、8:07取り付き地点に到着、登攀を開始する。はじめにルンゼ左岸のスラブ状の岩に取り付いたが突破できず。ルンゼ右岸の岩場をスタカットで登りはじめる。すぐに急傾斜のブッシュ帯となり、短いピッチを含めて6ピッチ登るが、6ピッチ目で、すでに12:00、本来ならばこの時間には登攀終了地点であるX・Eのコルに到達していなければならない時間である。このままではビバーグは必至となる。そこで撤退を決意、下降に移るが急傾斜のハイマツ帯では懸垂下降もできずスタカットで下降を続け、最後はハイマツを支点にして懸垂下降でようやく長次郎谷に降り立ちほっとする。撤退時に確認して気付いたのだが最初に取り付いたスラブ帯は例年ならば雪渓下にあり簡単にルンゼに入れたものと思われる。浮石が多かったため回避した大岩下をトラバースしてルンゼに入るのが正解だったようだ。 遅い昼食を長次郎谷出会いでとって16:00剣沢小屋を目指す。小屋が視野に入る距離にくると小屋のご主人佐伯氏が、われわれを見つけて小屋の前で手を振ってくれているのが目に入る。ピッケルを上げて答える。夕食の時間はとっくに過ぎている。出かける前は「遅くなればビバーグしてると思ってますよ」と仰っていたが、やはり心配して待っていてくれていたのだらう。折角の助言を活かせず登攀完了できなかったのは気恥ずかしかったが「シャワアーを浴びて下さい。その間に食事を準備します」と暖かく迎えてくれる。へとへとに疲れている身体には心の温かさが身にしみる。 8/12) 三好氏の体調がすぐれないため木下だけで剣岳本峰を往復する。本峰頂上から見た八つ峰のV・VIのコルは、前回(平成13年)八つ峰上半部を登った時は取り付き地点まで雪渓があったが今回は雪渓は全くなく、ガレ場と化していた。この日の気温も高く暑い暑い一日でした。 8/13) 小屋を6:22出発。二人でのんびりと下山する。そろそろお盆休みに入ったせいか登ってくる登山者が随分多くなっていた。三好氏が室堂まで見送ってくれ、ホテルで乾杯をして分れる。木下は室堂から大阪行きの直行バスに。三好氏は引き続き雷鳥沢のテントに滞在した後、北方稜線〜仙人池ヒュッテ〜剣沢小屋〜室堂経由で下山。 |
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